大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所尼崎支部 昭和58年(ヨ)352号 決定 1984年2月13日

申請人 森下実

<ほか六名>

右申請人ら代理人弁護士 森賢昭

同 青野秀治

被申請人 株式会社 新日ユニオン

右代表者代表取締役 星野文子

<ほか三名>

右被申請人ら代理人弁護士 岡崎豊

主文

一  申請人らの本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  主位的申請の趣旨

被申請人らは別紙物件目録(一)記載の土地に同目録(二)記載の建物を建築してはならない。

2  予備的申請の趣旨

被申請人らは同目録(一)記載の土地上の同目録(二)記載の建物のうち、四階部分、三階三〇四号室部分及び三階三〇四号室床北西壁端と北東壁端を結ぶ床線を通る冬至正午の日光線より上部(別紙添付図面(一)の各点を結ぶ直線で囲まれた部分)の建築工事をしてはならない。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文一項同旨

第二当事者の主張

申請人らの主張は、「建築工事禁止仮処分申請書」、「昭和五九年一月一九日付準備書面」、「同月二五日付準備書面」記載のとおりであり、これに対する被申請人らの認否及び主張は、「答弁書」、「同月一九日付準備書面」、「同年二月一日付準備書面」記載のとおりである。

第三当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実、《証拠省略》によれば、次の事実が一応認められる。

1  当事者関係

(一) 申請人森下実は、昭和二五年四月二七日、別紙物件目録(三)記載の土地(以下隣接土地という。)を買受け所有しており、同森下チヨ、同森下毅、同森下雅文は、昭和四六年二月二八日頃、本件隣接地上に建築された未登記の賃貸マンション同目録(四)記載の建物(以下浦風ハイツという)の共有者であり、うち同森下毅は浦風ハイツA棟三階二〇二号に居住している。

申請人佐藤宏則、同岸本亮一、同稲上采子は、右浦風ハイツの賃借人であって、同佐藤はB棟一階一〇一号室、同岸本はB棟階二〇一号室、同稲上はB棟三階三〇一号室をそれぞれ同森下チヨ、同森下毅、同森下雅文から賃借して居住している。

(二) 被申請人株式会社新日ユニオン(以下新日ユニオンという)は、同目録(一)記載の土地上に同目録(二)記載の建物(以下本件土地、本件建物という)の建設を計画した施主であり、同真柄建設株式会社(以下真柄建設という)は、新日ユニオンから本件建物の建築工事を請負った施行業者であり、又、同別所芳男、同別所勇気子(以下被申請人別所両名という)は、本件土地の共有者である。

2  当事者らの交渉経過

(一) 新日ユニオンは、昭和五八年一〇月二六日付で西宮市建築主事から本件建物の建築確認通知を受け、昭和五九年四月一〇日の完成を目途に一階アトリエ四戸、二ないし四階居室一一戸の本件建物を建築することとなったが、これは、一戸当りの面積が約一六平方メートル程度で、右居室とアトリエとは、アトリエにはバス、トイレが設置されていない点が異るもののいずれも一部屋で構成するいわゆるワンルーム・マンションと称されるもので、本件建物完成後、被申請人別所両名が新日ユニオンから買受けたのち分譲し、右譲受人が新日ユニオンの販売会社である大協建設株式会社(以下訴外会社という)に右各戸の賃借人の募集、入居者管理業務を委託することを予定した建物であった。

(二) 本件建物の近隣住民は、昭和五八年一一月八日頃、新日ユニオンの工事着工の挨拶により、建築計画のあることを知り、翌九日、西宮市役所で調査したところ、ワンルーム・マンション建設計画であることが判明した。そこで、近隣住民は、同月一一日、本件建物建築から生ずる種々の問題を事前に検討し、その対策を講ずるため、新日ユニオンから本件建物の設計図(以下当初設計図という)を受領するとともに同月一六日、二五日、同年一二月一一日、同月二〇日と四回にわたって工事関係者らに説明会を開催させ、その間、新日ユニオンが同年一一月二二日西宮市建築主事及び西宮市長宛に「本件建物建築に際し、建築基準法(以下法という)、西宮市小規模開発指導要綱(以下要綱という)に基づき施工、監理する」旨の念書を差入れたが、結局、協議が成立するまでには至らず、申請人らを含む近隣住民は、同年一二月二一日、西宮市議会議長宛に本件建物建設工事反対を請願し、申請人らは、同日、当庁に本件仮処分を申請した。

以上の交渉の過程で特に問題となったのは、本件建物が単身者用の賃貸用分譲のいわゆるワンルーム・マンションでそれに伴う周辺環境との調和、管理体制、建築基準法、要綱の違反ないし潜脱の有無、日照、通風、電波障害、工事中の騒音、安全等であった。

(三) なお、本件仮処分審理中、申請人ら代理人の別紙要望事項に対し、被申請人らは、その代理人を通じて別紙回答書記載のとおりの回答をし、一部ではあるが、申請人らの要望に沿う意向を示した。

3  近隣の環境等及び本件建物、浦風ハイツの構造

(一) 本件土地及び隣接土地は、阪神甲子園駅から徒歩四分程のアパートの散在する住宅街にあり、その北西側は幅員六・三〇メートルの道路に接し、本件土地の南東側も幅員五・八〇メートルの道路に接し、浦風ハイツの北東側には浦風公園があり、第二種住居専用地域、第二種高度地区で建ぺい率七〇パーセント、容積率二〇〇パーセントの制限がある。

(二) 本件土地は、昭和二五年頃、久保田鉄工株式会社が所有権を取得し、昭和二六年頃、その地上に平家建の社宅を建築していたが、昭和五五年頃、右社宅を取り壊し、その後、空地となっていたところ、本件建物の建築が計画されるに至ったものである。

本件建物は、その建築確認申請書及び昭和五八年一〇月一四日株式会社まさみ建築事務所作成の当初設計図によれば、左記のとおりの四階建の建物で、その平面図、立面図は、別紙図面(一)ないし(四)記載のとおりであるが、特に、本件土地の東部分を空地及びらせん階段とし、本件建物の北東部分は、隣接土地との境界線から六五センチメートル離してある。

建物の最高の高さ 九・九五〇メートル

敷地面積  一三八・八七平方メートル

建築面積   八四・六一平方メートル

延べ面積  二七七・六一平方メートル

建ぺい率    六〇・九三パーセント

容積率    一九九・八七パーセント

(三) 浦風ハイツは、昭和四六年二月二八日頃、隣接土地上の東側にA棟四階(但し一階部分は車庫)、西側にB棟三階として建築され、その仕様書によれば、高さ二メートルの板塀を境界線とした左記のとおりの建物で、その平面図、立面図は別紙図面(二)ないし(四)記載のとおりであるが、特に、B棟においては、本件土地との境界線からの距離が、その南西側妻壁部分において一五センチメートル、その南西側壁面約二・七メートル(六帖部分)が〇・四九〇メートル、その南西側壁面約三・三メートル(LDK部分)が約一・二メートルである。

建物の最高の高さ 一一・五〇メートル

敷地面積 一六五・九四五平方メートル

建築面積  九三・五一三平方メートル

延べ面積 三二〇・五六四平方メートル

建ぺい率    五六・三五パーセント

容積率    一九三・一七パーセント

4  申請人らの生活妨害

(一) 冬至における本件建物の日影

(1) 隣接土地、浦風ハイツ全体

午前八時頃から一部に日影が生じ、午後一時半頃には、ほぼ、全体が日影となり、その後も一部に日影が残る。

(2) 浦風ハイツA棟一〇二、二〇二(申請人森下毅)、三〇二各室

A棟は、本件土地との境界線からB棟及び庭を挾む位置に存在しており、本件建物による日影も、その南西側ベランダ部分(LDK部分)に影響が生じるが、その程度は、一〇二号室において午後一時頃日影が生じ、午後二時には全体の日照が阻害され、午後四時頃一部回復し、二〇二号室において午後三時頃から四時頃まで一部日影が生じ、三〇二号室において午後四時頃一部日影が生じる程度である。

(3) 浦風ハイツB棟一〇一(申請人佐藤)、二〇一(同岸本)、三〇一(同稲上)各室

(イ) B棟各室の構造は、別紙図面(二)ないし(四)記載のとおり二LDKで、その南西側には六帖間に縦約〇・九メートル、横約一・二メートルの、LDKに縦約〇・六メートル、横約一・二メートルの各窓が、又、その南東側にはLDKに接続してベランダが設置され、縦約二メートル、横約二・三メートルの窓が、その北西側には六帖間、四・五帖間の各室に横約一・七メートルの各窓が設置されている。

なお、本件土地上には、昭和五五年頃以来建物は存在せず、右各室は、南西側からの日照等が充分確保されていたものである。

(ロ) 一〇一号室(申請人佐藤)

六帖南西側窓は、午前九時頃から午後四時頃まで日照が阻害され、LDK南西側窓は、午前九時頃から日影が生じ午前一一時頃から午後二時頃まで全体の日照が阻害され、その後一部日照を得ることのできる状態となる。又、南東側ベランダ窓は、午前一一時過ぎ頃から午後二時頃まで日照が阻害され、南東側庭部分は午前一一時半頃から日影が生じ、午後二時頃から午後三時頃までほぼ完全に日照が阻害され、その後、一部、日照が得られる状態となる。

(ハ) 二〇一号室(申請人岸本)

六帖南西側窓は、午前九時頃から午後四時頃まで日照が阻害され、LDK南西側窓は、午前一〇時頃から一部日影が生じ、午前一一時頃から午後二時頃まで全体の日照が阻害され、その後、一部回復し、南東側ベランダ窓は、午前一一時過ぎ頃から午後二時頃まで日照が阻害される状態である。

(ニ) 三〇一号室(申請人稲上)

六帖南西側窓は、午前一一時頃から日影が生じ、午後一時頃から午後四時頃までほぼ完全に日照が阻害され、LDK南西側窓は、午後二時頃から午後四時頃まで一部日照が阻害され、南東側ベランダ窓は、午前一一時半頃から一部日影が生じ始め、午後二時頃完全に日照が阻害される。

(二) 通風、プライバシーの侵害等

本件建物と浦風ハイツの位置、構造は、前記のとおりであり、浦風ハイツB棟は、本件建物によって、南にある甲子園浜からの浜風その他通風、採光が従前より阻害されることは明らかであり(その中でも特に一〇一号室に居住する申請人佐藤の被害は明らかである)、又、浦風ハイツA棟南西側、B棟南東側の各ベランダは、本件建物の北東側窓及び開放式らせん階段に面しており、右部分からの生活妨害の可能性がある。

5  法令違反の主張

(一) 北側斜線制限違反については、当初設計図には、本件建物四階ランドリーコーナー上に北側斜線の勾配から突き出た天窓構造と思われる工作物を付設するかの如き記載があり、これが実行されると北側斜線制限違反(法五六条一項三号)となり、容積率違反については、右ランドリーコーナー部分はその用途からすれば当然屋根部分の設置が予想され、三階小屋ウラ部分も当初設計図には工事完了検査後物入れに改造する旨の記載があり、いずれも実行されれば床面積に算入され容積率違反となり、四階廊下部分その他も、本件紛争以前の被申請人らの右のような態度からすると工事完了検査後改造され容積率違反を帰たす恐れがないではなく、その他の道路斜線制限違反、要綱違反についても(申請人らの主張が、建築確認通知書、当初設計図、工事施行計画書を基礎にした推論である点は、被申請人らの非協力的態度のためやむを得ないから、しばらく措く)、前記本件紛争以前被申請人らの態度からすると、その恐れがないとは言い切れないところがある。

但し、隣接土地所有権の侵害、民法二三四条一項違反については、申請人らの主張が被申請人らの協力を得ることができない結果ではあるにしても、実測したうえでの敷地求積図に基づくものではなく、本件建物建築の工法も明らかではないから、その主張の重大性をも加味すると、申請人らの疎明のみによってこれを認めることはできない。

(二) しかし、右法令等違反については、その重要性に違いはあるにしても、それがあったからといって直ちに本件建物の建築を差止めることができるものではなく、申請人らの受忍限度を判断する際の一要素を構成するにすぎないこと、本件紛争の過程のなかで、本件建物建築が社会問題化し、被申請人らは、申請人らの右法令等違反の主張に対応して、西宮市建築主事、市長に法、要綱に基づき施工、管理する旨の念書を差入れたこと(特に北側斜線制限違反については代理人を通じて天窓を設置しないことを約束した)、本件建物建築につきすでに確認通知がなされてはいるが、いまだ整地されていない段階であり、仮に、法令不適合の建築物に誤って確認通知されたとしても、そのために右計画が適法化するわけではなく、違反が是正されるまでは工事完了の検査済証を交付することは許されず、更に、右検査済証が交付されても違反建築物であることには変りがないから行政庁による是正措置命令の対象となることを総合すると、被申請人らが、あえて、法、要綱に違反して本件建物を建築するとまでは推認することはできない。

従って、被申請人らの法令等違反の主張は、本件紛争以前の被申請人らの法令軽視の一つのあらわれとしては考慮できるが、これをもって、直ちに差止請求が認容されるとまで言うことはできない。

二  結論

以上の事実によれば、新日ユニオンは、申請人らと事前に充分協議することなく本件建物建築確認通知を受け、申請人らに交付した当初設計図においても工事完了検査後本件建物の一部を改造する旨記載し、法、要綱を潜脱するかの如き態度を示していたが、本件紛争の過程で本件建物建築が社会問題化した結果、新日ユニオンは、西宮市建築主事及び市長宛に法、要綱に違反しない旨の念書を差入れ、又、行政庁も注意を払う状況に至ったもので、法、要綱違反を防止する体制は、一応整ったと考えられる。又、隣接土地、浦風ハイツは、従前、本件土地上の家屋が平家建であったため、日照、通風等を充分享受し得ていたが、本件建物の建築により、冬至における日影は、当然、隣接土地及び浦風ハイツに及び、申請人らの居住する各室においても、A棟一〇二、二〇二、三〇二号室はさほどでもないが、B棟では、前記のとおり、その南西側窓は各室時間の差はあるもののほぼ終日日照が阻害され、南東側ベランダ窓は、一〇一、二〇一号室が午前一一時過ぎ頃から午後二時頃まで、三〇一号室が午前一一時半頃から午後二時頃まで日影の被害を受け、一〇一号室南東側庭部分も午前一一時半頃からほぼ終日、日影の被害を受け、本件建物による通風、ブライバシーの侵害の恐れも生じているが、しかし、浦風ハイツの構造は、B棟が本件土地との境界線上に近接して建てられ、庭を隣接土地の南角に、ベランダ部分をA棟は南西側、B棟は南東側に配置しているもので、浦風ハイツ建築の際、将来、本件土地上に建物が建築されることは当然予測していたであろうし、予測すべきであったことからすると、浦風ハイツの日照は、ベランダ部分を中心に考えるべきであるし、又、本件建物もB棟に近接して建てられる予定であり、その意味では、B棟の南西側の日照被害を余り考慮していないが、少くとも、本件土地の東側に空地、開放式らせん階段を配置し、前記ベランダ部分への日照については考慮していることがうかがわれ、更に、B棟その中でも一〇一、二〇一号室への日照被害は高度であるが、B棟の北西側は道路に面しているものの窓があり、明るさの確保は可能であり、その他浦風ハイツは、本件建物よりもその最高の高さにおいて一・五五メートル高く、本件土地に近接して建てられていることからすると、本件建物のみを取り上げて、その日照被害、通風阻害、窓からのプライバシーの侵害を云々することは公平を欠くものである。

以上の諸般の事情を考慮すると、本件建物建築によって、浦風ハイツに居住する申請人佐藤、同岸本、同稲上、同森下毅に対し、日照等諸々の生活上の利益を侵害し、ひいては、それが同佐藤、同岸本、同稲上の退去、賃借人希望者の減少、浦風ハイツ、隣接土地自体の価格の下落にもつながりかねないものと推測されるが、しかし、いまだ、本件建物建築工事差止、ならびに、予備的請求の趣旨記載の本件建物の一部の建築工事差止を認容すべき程著しく受忍限度を超えていると認めることはできない。

ただ、申請人佐藤、同岸本、同稲上にとっては、浦風ハイツ建築の事情は関知しないところであるが、しかし、賃借人は、通常、所有者、自宅居住者に比較して永住性が低く、住居移転も容易であり、特段の事情も認められない本件においては、右判断を覆すことはできない。

なお、本件建物がいわゆるワンルーム・マンションであることについては、その居住者、管理人、所有者と申請人らを含む近隣住民との間で、日常生活上検討すべき諸諸の問題の生ずることが充分予想されるが、これは、今後、関係当事者その他関係行政機関との間で充分協議し、解決すべきであり、前記建築工事差止の事由とすることはできないと思料する。

以上、本件申請については、被保全権利の疎明がないことに帰し、保証を立てさせて右疎明にかえることも相当でないから、申請人らの各申請はいずれもこれを却下することとし、申請費用につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 豊永多門)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例